2019年7月30日(火)欅坂46の長濱ねるがグループを卒業しました。
ありがとうをめいっぱい伝える日
この日は幕張メッセで、卒業イベント「ありがとうをめいっぱい伝える日」を昼夜2公演、夜の部では全国56の映画館でライブビューイングが行われました。
私は昼間は幕張メッセの会場で生で観て、夜は地元の映画館でライブビューイングを観ました。
本当に辞めるんだなと悲しみと寂しさを感じながら、アイドルとしての最期の姿を観ました。
幸せと悲しみが交錯する舞台
Overtureが流れた後、ステージから現れると思ったら、なんと会場の後ろからバスに乗って現れたねる。ねるのソロ曲「また会ってください」がかかる中、ペンライトを紫に替えて振り続けるファンに笑顔で応えながら、徐々に前の方へ進みます。
そして、ステージまで着くとバスから降りました。もうここで、私はグッと来てしまいました。
乗り遅れたバスから降りたねる
長濱ねるを語る上で欠かせない楽曲「乗り遅れたバス」。
2015年8月21日に結成された欅坂46。当初のメンバーは21人(のちに1人活動辞退)でした。
その約3ヶ月後、2015年11月30日、欅坂46の冠番組「欅って書けない?」に新メンバーとして初登場した長濱ねる。
まだ結成してから3ヶ月しか経っていないとはいえ、すでに活動を始めていたメンバーは動揺を隠せません。
そんな空気はねる自身にも伝わっていて、言われなくてもアウェイ感が半端なくありました。
長濱ねるは最終オーディションまで行きながら、審査を受ける事なく、母親に連れ戻されていたのです。しかし、アイドルへの道を諦めるにはあまりにも気持ちが真っ直ぐで、今まで親に対して反発したことのない彼女は初めて感情を爆発させたのでした。それを見て心を動かされた両親は運営に連絡してなんとかならないかと相談。
運営は、先輩グループである乃木坂46の福岡公演に両親とねるを招待したのです。その公演ではドキュメント映像が流され、どの親も色んな想いで娘を送り出している様子を見て、両親は娘の夢を後押しすることにしたのでした。
そして、特例で欅坂46への加入が決まったのです。
22509人の中からたった22人が選ばれたその難関をいとも簡単に超えてしまうほど、長濱ねるには可能性があったということです。
それは、後の長濱ねるの活躍を見れば運営の目は確かだったなと納得できます。
この時から長濱ねるの運命は大きく変わっていきます。
そんな長濱ねるの状況を表しているのが「乗り遅れたバス」です。
この楽曲は「長濱ねるwith欅坂46」というクレジットが入っています。そうです。長濱ねるは欅坂46ではないのです。この時点では。
「欅って書けない?」初登場の際に発表されたものに、長濱ねるの加入と同時にひらがな表記の「けやき坂46」が誕生しました。それは、最終オーディションを受けないまま加入する長濱ねるの救済措置といってもいいものでした。
と同時に現メンバーへの理由付けといってもいいでしょう。自分たちは最終オーディションを受けて受かったのに、何故?という思いは少なからずメンバーの心の中に生起するはずです。それをどう納得させるか?運営は悩んだんでしょうね。そこで、取られた措置が長濱ねるの立ち位置を欅坂46ではなく、そのアンダーグループという位置付けにすることによってひとまず納得させること。そして、グループとして募集をすることで長濱ねるの仲間を募ること。
ここから、けやき坂46の歴史が始まりました。
これ以上書くとレポートがとんでもない長さになってしまうのでねるのヒストリーを知りたい方はこちらをご覧ください。
こち星リターンズin幕張
欅坂46の冠番組ラジオ番組「欅坂46 こちら有楽町星空放送局」、略して「こち星」ですが、長濱ねるは2018年3月から2019年3月からまでメインパーソナリティを務めていました。
そのこち星を幕張でねるバージョンで1日限りの復活。2019年4月からは30分番組ですが、ねるがやっていた頃は20分番組でした。なので、リターンズも20分番組で、行われました。
ラジオが大好きなねるが最後にやりたかったこち星。
いつも通りゆる〜くほんわかした雰囲気の中で行われた放送は本当に懐かしく、楽しいものでした。
昼間の企画は「子供の頃って木に登って落ちたりしたじゃないですか〜?」
この長いタイトルは長濱ねるが子供の頃に本当に体験したわんぱくエピソードを番組の企画にした、ねるがパーソナリティになってから始まったものです。
すみません、録音もしてなかったので全く覚えてません(笑)
よねさんとのエピソードを語るねる
夜の部でもこち星をやりました。この中で一番覚えているのが、というか、唯一覚えているのが、2018年12月に卒業した米谷奈々未とのエピソードを披露したこと。
これは嬉しかった。
米谷奈々未とは欅坂46の1期生で、2015年8月21日から2018年12月22日の大阪の全国握手会をもって卒業したメンバーです。
米谷奈々未(通称よねさん)は2018年、大学生になり、自分のやりたい事が見つかったということで、芸能界からも引退しました。
そんなよねさんと長濱ねるは、ねるが欅坂46に加入した当初は仲が良かったわけではなく、むしろ、よねさんは何故そんな特例が許されるのか、自分も親の反対を押し切って最終オーディションを突破してきたのにという釈然としない思いを抱いていました。
ねるもそんなよねさんからはっきりと「私はそんなに仲良くなれないと思う」と伝えられ、それは受け入れていました。
しかし、その後ねるは努力して、少しずつ欅坂46の中心的な役割を担っていきます。スーパーエースと言ってもいいくらいの活躍をしていきます。
よねさんとはその後のラジオで当時のことを笑って話し合える仲になり、よねさんが卒業するときは、これからはメンバーでなく友達になってくださいとブログに書いています。
そんな2人は頻繁に会っていること、更によねさんが飼っているうさぎをねるがたまに預かっていることを話してくれました。
いやー、ほっこりするわ〜(笑)
そして、嬉しかったなー
ちなみによねさんのうさぎはボブといいます(笑)
ねるもこれからはウサギを飼うといいよ。
長濱ねるの4年間を振り返る映像を40分間に凝縮
この映像はねるが全て監修したということですが、本当に涙が出てくるほど素晴らしいものでした。これ、円盤化してくれないかなー。
ねるの心の中にずっと残り続けている「後から加入」の孤独。漢字欅にもひらがなけやきにも同期がいない。合格していないのは自分一人だけという孤独感は、ずっとねるを苦しめ続けていたのかと思うと胸が締め付けられます。
そんなねるですが、「どっちも同期じゃないけど、どっちも同期みたいな」という言葉とそれが「誇り」であるとも言っていました。
本当に誇っていいと思います。ねるだから出来たことです。
映像にはひらがな1期生が決まって初めて会う場面もありました。
現在日向坂46のキャプテンであり、ひらがなけやき1期生の佐々木久美が、ねると話した後、顔を高揚させ「アイドルと話しちゃった」と興奮して話しているのがとても微笑ましかったです。
ひらがなけやき1期生は2016年5月8日に結成されました。その頃は既に欅坂46はデビューしており、デビュー曲「サイレントマジョリティー」が当時のシングル売上の女性アーティスト部門で1位を獲得して、それこそ爆進中の頃です。長濱ねるは「サイレントマジョリティー」には参加していませんが、同じCDに収録された「乗り遅れたバス」(長濱ねるwith欅坂46)なども出しており、アイドルとして順調に歩いていました。
しかし、やはりひとりぼっちのひらがなけやきで寂しさもありました。そんな中、やっと仲間が出来たという嬉しさと少しの緊張。
ひらがなけやきが「欅って書けない?」に初登場した時、ねるはひらがなメンバーに手紙を書いて読みます。
ずっと待ってました。これからは一緒に頑張っていきたい。
そう話すねるの言葉に涙するひらがなメンバー。
そして、長濱ねるの漢字欅とひらがなけやきの兼任が始まりました。
映像ではひらがなのレッスンなどになかなか出れないねるが泣きながら「自分なんかいらない」っていうのを見て、また胸が締め付けられました。
そして、兼任解除へ
2017年10月25日発売の5枚目シングル「風に吹かれても」の選抜発表があった「欅って書けない?」の放送は2017年9月。この時、長濱ねるはひらがなけやきからの卒業が決まりました。
ひらがなけやきの1期生が決まった2016年5月から2017年9月まで、それまで懸命にやってきた漢字欅とひらがなけやきの活動からやっと解放されたわけですが、本人は戸惑います。自分を形作っていたものが崩れるような感覚だったのかもしれません。
私が長濱ねるを知ったのは2018年8月後半、欅坂46を知った時からですが、もしかしたらその時にはねるは卒業を考えていたのかもしれません。
日向坂46のライブ後にひらがなメンバーに楽屋で卒業を伝えるねる
2019年3月6日、けやき坂46改め日向坂46となったひはがなけやきのライブを鑑賞するねるはライブ後に楽屋に向かいます。
ライブの感想を述べると、今日はもう一つ話すことがあります。卒業します。と伝えると真っ先に泣き出した佐々木久美。
そら、泣くわ〜。この記事書いてる自分も書いてて泣く(T ^ T)
長濱ねるの成長「僕は嫌だ!」
欅坂46の4枚目のシングル「不協和音」では平手友梨奈と長濱ねる2人が曲の途中で決めセリフ「僕は嫌だ!」と叫ぶシーンがあります。
MVを見ると、平手友梨奈の「僕は嫌だ!」はカッコいいんですが、長濱ねるのそれは可愛い(笑)。メンバーの齋藤冬優花にけやかけの中でもいじられるほどでした。
それが歌番組やライブを重ねるごとにどんどん進化してきたものをまとめて流す映像でした。その中でも一番は2017年の欅共和国2017でした。
長濱ねる、最後のソロ曲
この日のために秋元康氏が書き下ろした長濱ねる最後のソロ曲を披露してくれました。
アイドルを卒業した後、芸能界から引退する人も多いので、おそらく長濱ねるのその後はわからないかもしれませんが、とにもかくにもこれだけは言いたい。
ねる、ありがとう!
幸せになってほしい!
です。
アイドルとして最後まで輝いていたねる
世に言うアイドルの中のアイドルとして生きたと思うのです。ねるは。
ねるが、20歳のお祝いに冠番組「欅って書けない?」で新宿二丁目のゲイバーに行ったことはテレビを見ていたので知っていました。
その放送があったのは、2019年1月。番組の収録は2018年11月。
長濱ねる、小池美波、織田奈那、渡邉理佐の4人が成人式を迎えるということで企画されたものでした。
その放送のしばらく後、2019年3月7日にブログで卒業を発表したのでした。
成人式の企画の時にはわからなかった事が少しずつわかってきて、ねるは早くから考えていたんだなと。
新宿二丁目のゲイバーのくまこママが昨日、Twitterでブログ更新したことを告知。
それを読むと放送では語られない事がたくさんあるんだなと思います。
でも、それは仕方ない。